宇宙や生命について考えたことを書いてみる

宇宙や生命についてのエッセイです。事実に基づき書いているつもりですが、間違い、調査不足だったりすることもあるかと思います。また、筆者の妄想モードの場合は、予めそう書きますのでご了承ください。ゆるい感じで楽しんで頂ければ何よりです。

人工知能(AI)のトリセツ(昨今の将棋界におけるある出来事から思うこと)(1)

■衝撃的なニュース
「将棋竜王戦挑戦者がソフト利用不正疑惑?」とのニュースがネットを賑わしている。このニュースを人工知能(以下、AI)と人間との関わり方という切り口からから考えてみる。
まずニュースの概要だが、一言でいうと、ある将棋のトップクラスのプロが対局中にソフトを利用したとして、将棋連盟より年内の対局に出場禁止としたというものである。
疑いをかけられた棋士は、これを全面否定。処分を下した将棋連盟に対し、明確な証拠提出を求めている。
ここではそのプロが誰であるとか、将棋連盟はなぜ今回の処分を下したかとかを語りたい訳ではないので割愛する。
一将棋ファンとして一言だけ付け加えておくなら、疑惑の棋士はソフトを使おうが使わまいが、トップレベルの棋士であることは間違いない。なぜなら、ソフトがこんなにも強くなるここ数年よりずっと以前から、その棋士は強かった訳で自身の努力と才能でタイトルも取っていると考えるからだ。今回は、こんな形でニュースになることで、将棋界にとっては何の得にもならないことが残念である。

■AIに求めるものと求めないもの
さて、本題に戻る。今回の出来事を通じて、AIと人間の関わり方の一端を垣間見た気がする。
AIはどんどん世の中に入ってきていて、この流れは止められない。望むと望まざるとAIはあらゆる分野においてどんどん入って来ている。そうなると、今後考えるべきはAIをどう使っていくかである。AIをうまく活用していくことで人間の生活をよりよくしていくことにつなげていきたいと考えるのは自然だと思う。

まずは、AIに入ってきてほしくないものを考えてみる。
これには、結構感情的な部分が多々ある。

例えば、将棋の対局に僕らは何を求めているのか。
「神の一手」を突き詰めるのであれば、AI同士の対戦のほうが早く行きつくと考える。AIは既に人間の思いつかない新手を生み出している。ソフトを強くさせるバックグラウンドとして、人間同士の棋譜を既に必要としていない。AI同士を戦わせることによって、AIは自ら学習している。機械学習ディープラーニングと云われている手法である。
僕らが求めているものは他にもある。「感動」だ。魂を震わすような「何か」である。
僕らは、人間同士が死力を尽くして戦うところに感動する。これは人間のDNAに刻まれたものではないだろうか。なぜ、他の人間の全力をかけた生き様に感動するのか。よく分からないが、懸命に生きようとする姿に感動するように人間は出来ているのだと思う。そういう人達を見て、感動する。将棋に限らずスポーツでもそうである。オリンピックを観て、人は感動する。

将棋NHK杯の前司会者だった清水さんもオープニングの後いつもすぐに言っていた。

将棋棋士の研ぎ澄まされた技の数々を御覧ください」(バリエーションの違いあり)

将棋棋士が時間に追われながらも己を信じ、考え抜いた上での至高の一手を指す、そんな所に感動するのではないだろうか。

(つづく)